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福岡高等裁判所 昭和27年(う)933号 判決 1952年9月17日

控訴人 被告人 蠣久保司 外二名

検察官 宮井親造関与

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人三名の弁護人辻丸勇次、同山崎信義の控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人等各自提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人辻丸勇次の控訴趣意第一点について、

原判決のあげている各証拠を綜合すると、被告人中村保はいわゆる興業師として、各地劇場にストリツプ・シヨウ興業の斡旋を業とする興業界の中間ブローカーであつて、劇団東京パーレスク、シヨウのマネジヤー宮川三郎から同劇団パール浜一行の提供をうけ被告人の川丈興業株式会社専務取締役蠣久保司と歩合興業契約の下にこれを招へいして、昭和二十六年五月二十九日から同会社経営の福岡市東中洲所在劇場テアトル川丈で、同興業のふたをあけたが、踊子に欠員があつたので、京都市在住の前記宮川三郎に交渉かたがた踊子補充のために、同市に赴き、たまたま、同市内東洋劇場で、被告人丸山静子がある種の踊にヒントを得て、自ら考案した「ブルー・イン・ザ・ナイト」と称するストリツプ・シヨウを公演し、その一場面において、同被告人自身が舞台において観客を前に殆んど全裸体となり、ビール壜を陰部附近に押し当て、腰を前後左右に振りながら、スローワルツに合わせて踊つていたのを観覧席から観賞してその内容を知悉しながら、同被告人を右テアトル川丈で出演させようと企て、その承諾の下に同被告人外数名の踊子を福岡市に同行して、同劇場で協議の結果、被告人丸山静子を興業中の前記劇団に特別出演として加入させ、出し物についても、マネジヤー宮川三郎の振付も間に合わなかつたので、同被告人の自作自演にかかる前記「ブルー・イン・ザ・ナイト」を上演種目に加えることとし、判示日時四回に亘り、被告人丸山静子において、同劇場舞台で、一般観客数百名を前にして判示のとおりの所作に及んだということが認められる。この事実によると、被告人中村保は興業師として、予め被告人丸山静子の本件ストリツプ・シヨウの演出演技の内容を熟知して同被告人を舞台に出演させるに至つたのであつて、被告人丸山静子とその公演を共謀したことが明らかであるから興業師として所論のようにその演出演技の内容にようかいし得るかどうかを問うまでもなく同被告人との間に、共同正犯としての責任を負担すべきものといわねばならない。

従つて、原判決が被告人中村保に対して被告人丸山静子の本件所為につき、共謀の事実を認定したのは、正当であつて、原判決には所論のように事実を誤認した違法の点なく、論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について、

原判決が被告人丸山静子の所為について認定した事実は、同被告人は、判示劇場テアトル川丈の舞台で、一般観客数百名を前にし、(男達がしばしば宴席等で酒壜や徳利を陰部附近に押し当てて踊る俗に「ヨカチン踊」と呼ばれる一種の座敷踊から示唆を得て自ら考案した)「ブルー・イン・ザ・ナイト」を演ずる途中において照明の集中したところで着用のドレスを脱ぎ捨て、巾約四寸、長さ約七寸の肉色の三角巾(バタフライ)を以て僅かに陰部を覆つた外は、殆んど一糸もまとわぬ全裸体となつた上、数分間に互りビールの空壜の尖端部を右手で握つたまま、陰部附近に押し当て、左手で壜の底部或は上部附近を撫で廻わしながら、速度の緩い音楽に調子を合わせて、腰を前後左右にくねり動かして踊つたというのであつて、その所作姿態は、一般観客に男女の性交乃至は露出した男子の生殖器を連想させて徒らに性慾を興奮又は刺激させ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものと認められるから、原判決が判示舞台上でした被告人丸山静子の所為を、刑法第百七十四条所定の公然猥褻の行為に該当するものとしたのは正当である。

そして原判決は所論のように、証人紫尾田寿一、同猪口寿満子、同安部喜十郎の各証言だけに拘束されて、被告人丸山静子の前記所為を公然猥褻の行為に当ると認めたのではなく、右各証言の外多くの証拠をあげ、それを綜合して前記事実を認定した上、その所為が公然猥褻の行為にあたるものと判断したのであつて、その証拠の取捨選択竝びにその価値判断に経験則に違背した違法のあることは発見されないので原判決には、所論のように採証の法則を誤つた違法があるということはできない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第三点について、

劇場側責任者若しくは興業主が通常上演される演技の内容について劇団乃至個々の演技者に対し、注文をつけてその演技内容の修正変更を要求する義務又は権利を有しないことが、興業界における慣例であることは、原審第四回公判調書中証人井上肇及び原審公判調書中被告人蠣久保司の各供述記載を綜合してこれを窺うことができるけれども、一且劇場側責任者若しくは興業主において演技の内容が、普通人の正常な観念からみて、猥褻その他の理由により公の秩序又は善良の風俗に反するものであることを認識した場合にあつては、劇団乃至個々の演技者に対して演技内容の修正変更或は上演種目の差替等を強硬に要求し、更に進んでは、公演のための劇場の提供を拒絶するなどの挙に出て右演技の公開を阻止するための有効な措置をとり以て犯罪行為の行われ又は継続して行われるのを防止することは、劇場側責任者又は興業主に科せられた条理上当然の義務といわねばならない。

原判決の被告人蠣久保司に対して認定した事実は、同被告人は劇場テアトル川丈を経営する川丈興業株式会社の専務取締役として、社長の長尾勝也を補佐し、経理関係を除くの外右会社の営業の殆んど全般に亘りこれを統括運営する任に当つているものであるが、さきに被告人中村保の求めに応じ被告人丸山の出演する前記ストリップ・ショウのために右劇場を提供すべき旨を約し、その結果該シヨウの連続公演が開始されるに至つたところ、たまたま、昭和二十六年六月八日右劇場の観覧席から同被告人が舞台で多数の観客を前にし、裸体のまま前記のような姿態をしながら踊つているのを目撃し右ストリップ・ショウの内容を知るに至りながら、同被告人及び被告人中村保に対し演技内容の変更修正につき微温な警告を発するに止め、依然右のシヨウ公演のための劇場の提供を継続し、以て右被告人両名にかかる前判示六月十日及び同月十一日の各犯行の遂行を容易ならしめたというのであつて、被告人蠣久保司の所為は右被告人両名の公然猥褻の行為を幇助したものであることが明らかであるから、原判決が同被告人を公然猥褻行為の幇助罪に問擬処断したのは、まことに正当であるといわねばならない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第四点について、

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた各被告人の性格、経歴、境遇並びに本件犯罪の動機態様その他諸般の情状及び犯罪後の情況等を考究し、なお所論の各情状を参酌しても、原審の被告人等に対する刑の量定はまことに正当で、これを不当とする事由を発見することができないので論旨は採用し難い。

弁護人山崎信義の控訴趣意第一点について、

しかし、論旨(一)の被告人丸山静子の所為が公然猥褻行為にあたらないとの点については、前段弁護人辻丸勇次の控訴趣意第二点に対し又、(二)の被告人蠣久、同中村は演技の内容に容嘴すべき義務も権限もないとの点については、同弁護人控訴趣意第三点に対し、及び(三)の被告人中村保は被告人丸山静子と共同正犯ではないとの点については、弁護人辻丸勇次の控訴趣意第一点に対し、それぞれ説明したとおりであつていずれも理由がない。

同控訴趣意第二点について、

しかし、被告人丸山静子の本件所為が公然猥褻行為に当ることは既に説明したとおりであり又警察官がこれを検挙しなかつたことは本件犯罪の成立に何等の関係がない。そして犯意の成立には事実の認識があれば足り、違法の認識を必要としないので、たとい被告人丸山静子においてその所為が公然猥褻行為に当らないと思つてしたとしても、そのことは犯意を阻却しないので、原判決がその所為を刑法第百七十四条所定の公然猥褻罪に問擬処断したのは正当であつて所論のように法令の適用を誤つた違法の点はない。論旨は採用し難い。

同控訴趣意第三点について、

なるほど原判決が証拠にあげている証人猪口寿満子、同矢谷綱之助、同安部喜十郎、同紫尾田寿一、同鈴木正明の各証言中に証人自身が踊をみて感じた感想の供述部分のあることは、所論のとおりであるが、それはたんなる意見又は、証拠のない想像ではなく論旨も認めているようにその証人が本件ストリツプを見たという自己の実験した事実に基いて推測した事項を供述したものであつて、それが適法な証拠能力を有することは、刑事訴訟法第百五十六条の明定するところであるから所論の証拠を事実認定の資料に供した原判決には採証の法則を誤つた違法の点なく、論旨は理由がない。

同控訴趣意第四点について、

各被告人に対する原審の量刑が諸般の情状からみて、まことに相当なものであることは、弁護人辻丸勇次の控訴趣意第四点に対して説明したとおりであるから、この点の論旨も亦理由がない。

以上の理由であるから各被告人の本件控訴は刑事訴訟法第三百九十六条に従いこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)

弁護人辻丸勇次の控訴趣意

一、原審判決理由によれば「右被告人両名(被告人中村同丸山)は同劇場(川丈)に於いて協議の結果、被告人丸山の連続出演演技には右ブルー・イン・ザ・ナイトを加えることとした。かくて……」と判示しているがこれは原審の事実誤認に基く判断である。

即ち証人井上啓其他の証人の証言若くは被告人等の供述のように劇団にはマネージヤー又は振付師がおつて演出演技に対する一切の責任と権限とを持つており他よりの干渉を許さない。

本件東京パーレスクシヨウ、パール浜一行劇団は宮川三郎がそのマネージヤーであり従つて川丈出演の第二週続演の役割振付は同人が態々京都から来て指図して六月十日所用のため再び京都に出発したもので従つて特別加入名義で同劇団に加入した被告人丸山に対する振付は一切宮川の指図によるものか又は宮川、丸山の協議の結果で被告人中村等の関知せない所である。

又本件記録によつて明であるように-これは原判決理由にも記載されている通り被告人中村は興業の斡旋を業とする所謂興業師であつて、マネージヤーでも振付師でもない。従つて丸山の演技の指図或は協譲をなす技能も権限も有しないしやつてもいない即ち共謀の事実は全然ない。

原審判決は全く事実誤認によるものである。

二、原審判決は原審に於ける証人日高真等を証拠に引用して被告人丸山の本件踊りを公然猥褻の行為であると判示している。しかし本件記録で明であるように弁護人申請に係る証人の証言は全部結局本件踊りは滑稽な踊りをリズムに乗せたまでで普通の座敷等で踊る滑稽踊りだと証言している。

原判決は「性慾を刺戟し羞恥嫌悪の情を催させるような姿態」だと判定しているが殆ど全部の証人が「観客はヤンヤと歓声をあげていた」と証言している。

羞恥嫌悪の情を催すほどのものが歓声あげる道理はないおどけ踊りであるからである。

証人の中には「顔をあげきらない若い女の人があつた」と言つているがそれは極めて一少部分の特殊の人達であろうし之を以て一般人の標準とすることは出来ない。

特に原審判決で引用している証人について検討すれば証人柴尾田寿一は当時十六才の未成年者の検察庁雇員であり証人猪口寿満子は本件検挙のために態々上司のすゝめで入場した女子警察員であり、証人安部喜十郎は初めてストリツプを見た者であつて之等の証人は全部一般人の標準とはならない。

猥褻であるか否かの判断は普通人の判断を積み重ねた上でなければ判定出来ない。何故なら猥褻行為というものは一定不動のものではなく吾々の生活、文化の向上すると共に変つて行くものであるからである。

特に未成年者の判断、感想は猥褻の判定の基礎とするには最も不当というべきである。

又判決が引用する証人鈴木正明の証言には「酔払のおどりで男女の交接を想起せなかつた面白いので二度行つた」と述べている本件丸山の行為を公然猥褻と判定するのは採証の法則を誤つたものである。

三、原審判決は被告人は被告人丸山同中村に対し「演技内容の変更修正につき微温な警告を発するに止め依然右シヨウ公演のため劇場の提供を継続し-公然猥褻の行為を幇助したものである」と判示し又弁護人の主張に対し「……劇場側責任者なり中間斡旋者なりにおいて演技の内容が猥褻その他の理由を以て公の秩序又は善良の風俗に反するものであることを認識した場合にあつては劇団乃至個々の演技者に対して演技内容の修正変更を強硬に要求するか右演技の公開を事前に阻止するための有効な措置をとり得ないと解すべき何等の合理的根拠なくまた之等の者に対してかような措置をとることを要求することはあながち不当なものとも考えられない従つて……その公演を共謀し、又は許容しそのために劇場を提供した限りにおいては公然猥褻の共同正犯又は幇助の責任を問われるのは当然である」と判示している。

しかし演技の内容が猥褻その他の理由で公の秩序又は善良の風俗に反するや否やは事実上しかく容易に判断さるべきものではない-殺人とか窃盗の行為なれば何人も容易に其不可なることが判断されるであろうが-人により判断の相違するのは普通である。

さればこそ被告人蠣久は本件踊は「稍下品なもの」として中村を通じてマネージヤーに注意を促している。これは原判決のいうように微温な警告かも知れぬがこれ以上に望むことは事実上困難である。

本件記録に明かなる通り本件検挙までには数日前から数十名の警察官が本件シヨウを観ているし治安秩序の職務を持つている者が何故之を阻止するの挙に出ないのか了解に苦しむところである。劇団には演技演出について一切の責任を負う責任者があつてはじめて劇団の組織は運営せられている。その責任者を差しおいて劇場主といえども之を差上める権限はないし差止めなかつたからとて之等の人が刑法上の責任を負うべき筋合のものであるまい。

かゝる場合に於いて尚刑法上の責任を負うのはこれを負はしめる特別の条文があるか若しくは法律上の義務あるものに限らるべきものと信ずる。

四、原判決は量刑重きに失する。

本件事案は前述の事由によつて無罪の御判決が然るべきものと信ずるが仮りに百歩を状つて有罪なりとしても前記のような情況のもとに行はれたものである点を考慮に入れ且戦後の特殊事情を考察し被告人等に何等の前科もないことを考うれば原審の量刑は重きに失するものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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